朝日新聞「花まる先生」の取材を受けました!

先日、朝日新聞の花まる先生担当の方より、授業を取材したいということで、まだ、入学して1ヵ月経たない1年生の理科の授業を参観していただきました。

ガイダンスで2時間、1年理科の授業2回目という、『学び合い』に基づく授業の経験も浅い子どもたちでしたが、早くも、鳥肌が立つような光景がたくさん見られました。

授業内容は、「顕微鏡の使い方」

顕微鏡を37人学級ですが、6台準備。自由に扱えるようにして、授業スタート!

席を立ち、模範解答を見に来る生徒

自分の机で教科書を開く生徒

仲間のところに行き、声をかける生徒

顕微鏡を触りながら、「あーだ、こーだ」する生徒

早速、学びの多様性が現れました。

生徒達が、全員達成のために要求した時間は、「30分間」

しかし、なかなか、めあて達成の子が出てきません。

なぜならば、めあてが「全員が顕微鏡を正しく使うことができる」だからです。

子どもたちは、始め、一人ずつ操作します。しかし、6台しかないので時間がかかるのです。

残り時間が少なくなったところで、異変がっ。

顕微鏡6台それぞれで、まだ課題が終わっていない生徒に対して、ミニ講習会が開かれています。

そして、残り1分で、全員達成!「いぇーいっ!」と自然に声が上がります。

授業後、取材を受けましたが、授業方法論ではなく、教育論でお話ができたので、私にとっても楽しい時間となりました。

 2018年5月9日の朝日新聞朝刊に掲載されるそうです。

 どのような記事になるのか、楽しみです。


10000アクセス突破!!

これからも、Manabiai Fukuoka Baseをよろしくお願いいたします。

みなさまに支えられて、10000アクセス。

身の引き締まる思いです。

これからも、子どもたちの「幸せな人生」のために、日々、実践を行い、情報発信していきます。

愚痴も出るかもしれませんが、今後もよろしくお願いいたします。

 



授業開きの様子をご覧いただけます。

この4月は、異動&新任学年主任&1年担任で、目が回る1週間でした。

いよいよ来週から授業が始まります。

そこで、Find!アクティブラーナーさんより連絡があり、昨年の授業開きの様子をピックアップしていただいています。

「今年は、『学び合い』にチャレンジするぞ!」という方のご参考になれば幸いです。

ただ、付け加えておきます。

『学び合い』は授業方法や形式、手だてではなく、「学校観」「子ども観」「教師観」からなる教育論です。

簡単に言うと、「全員の生徒を無条件に信じ通す」ことだと考えています。

<Find!アクティブラーナーへのリンク>

多くのの方に動画を見て頂いています。

Finedアクティブラーナーに動画がアップされました。
『学び合い』に基づく授業の導入授業のようすです。
クラスの1/3ちょっとは、1・2年生の時にも私の授業をうけたことがある生徒ですが、それ以外の生徒は一斉講義型の授業しか受けたことがない生徒です。
撮影が4月で、まだまだクラスの中がぎこちない感覚の残る中でしたが、子どもたちは、私の伝えたいことをよく理解し、体感してくれたのではないかと思います。
まだまだ、毎回授業を通して、集団が成長している最中です。

 

『学びあい』に対して、「やってみたいけど、不安」「やってみたいけど、どうやってはじめたらいいの」という多くの先生方に、「へぇ~。こんなやり方もあるのね」感覚で見ていただけたらありがたいです。

拙い実践ですが、多くの先生方にシェアして頂き、私自身も勉強していきたいと思います。

 

動画を見られて、ご質問等ありましたらお気軽にどうぞ。

ご質問は、「お問い合わせやご質問」からどうぞ!!

 

<Find!アクティブラーナーのページへはこちらから>



動き出した!主体性のある集団

よく4月に耳にする、「黄金の3○○」

 

このことについて、ご意見を頂いたり、聞いたりしてきて、

私の、私なりの「黄金の3週間」を意識してみました。

すると、少しずつ、集団に主体性が見え始めましたよ!

 

まず、始めにやったことは、

「あいさつ」「そうじ」の価値付けです。

何のためにあいさつをするのか、なんのためにそうじをするのかを、

伝え続けました。

「あいさつも、そうじも、あなたたちがハッピーになるためなんだ」

「だから、『しなくてはならないもの』ではなくて、『したいもの』なんだよ」

「だって、みんなハッピーになりたいでしょ?」

 

次に、やったことは、「宿題忘れ」の生徒へのアプローチです。

「なんでできなかったの?」「なんで忘れたの?」と

まず、子どもの状況を把握しました。

頭ごなしに、「なんで忘れたんだ!ペナルティーとして居残りをしなさい」とは

1回も言いませんでした。

「そう、そうだったんだ。でもね、なんで宿題をするかわかる?」

生徒に問いかけます。

「宿題を出されたからです」「学力を上げるためにです」とだいたいの生徒は答えます。

「誰のために宿題をするの?」と聞くと

「自分」ですと答えます。

そこで、「ちがうよ、仲間のためなんだよ。君の頑張っている姿は、仲間を勇気づけるんだ。だから、みんなのために、力を貸してくれよ」と優しく投げかけます。

 

そんなことをやっていると、本と水筒の紛失事案が発生しました。

今年赴任した学校は、内外からいわゆる「荒れ」の状況です。

教師は、「だれかが盗んだのではないか」となります。

このときは、まだ入学して1週間ほど。

そんなことするのかな?と思いましたが、

アンケートを学年で実施しました。

アンケートには、「このことについて感じたこと」という欄をつけていました。

アンケートを読んでいて、ハッとさせられ、次に私はニヤリと笑顔になりました。

アンケートにはこう書いてありました。

 

「確かに、盗んだのであれば素直に申し出て欲しい。でも、盗んだ人をせめるのではなく、なぜその人が盗むようなことをしたのか、環境について考えるべきだ」

 

素敵だと思います。

盗んだとしても、この子は、盗んだ子を叱るかもしれないが、恨まないでしょう。

そしてきっと、「どうして盗んだの?」と聞くでしょう。

そして、そんな環境にしてしまっている「私たちが悪いんだ。だから一緒に支えあおう」となるでしょう。

この視点って大事ですよね。

 

この内容を、翌日臨時で、学年集会を開き、紹介しました。

 

どれくらいの生徒に伝わったかは分かりません。

しかし、その日の放課後、たまたま別件で連絡をした保護者から次のような話をしてもらいました。

「帰宅時に電話すると、息子から話してきたんです。」

「下校中、お婆ちゃんから駅までの道を尋ねられました。」

「身振り手振りをしながら、一生懸命に教えました。」

「でも、おばあちゃんはよく分かっていないようでした。」

「『一緒にいきましょうか?』と伝え、2人は駅まで行きました」

「ホームのことを聞かれましたが、そこはわからないので、

『駅員さんに聞いてもらえますか』と伝えました。」

「お婆ちゃんからは、帰り道とは逆方向だったのにありがとうねと言われました」

 

ほっこりしますよね。

大人でもなかなかできないんじゃないでしょうか?

子どもだからこそできること。

当たり前のことが当たり前にできない大人が多い中、

当たり前のことが当たり前にできる子どもたちって素敵だなぁって

 

昨日は、前の夜に黒板に次のようなことを書いて見ました。

「入学して3週間。私は、毎日欠かさずやってきたことがあります。

なんだかわかりますか?」

「ヒントは、全員がハッピーになることです。」

 

朝の会では時間がなかったので、帰りの会で答えを聞きました。

「えーなに?」「毎日?」「ハッピー?しかも、全員?」

いろいろな考えがあがります。

ある生徒が気づきました!

「あっ!机並べじゃない!?」

「正解!!」

 

その日、生徒が下校した後に、教室に行ってみると、机が並んでいました。

 

私にとっての「黄金の3週間」は、

「生徒が、やるべき事の価値に気づき、主体的に動こうとする意欲を持たせる3週間」でした。

 

みなさんは、いかがでしたか??

「指摘」と「指示」と「指導」

11年ぶりの異動。

片付けに追われた3月

新しい職場は、同じ市内の中学校といえども、違いの多いこと!

本年度は、初めての学年主任!!

「まぁ、そういう年齢になったってことよ。好きなことだけをすればいいって訳じゃないんよ」と嫁さん。「『学び合い』&生徒会&平和劇」と好きなことばかりしてきましたが、学年主任といえども、なにか企みたくなります。

 

今回は、同じ学年の若手の先生の姿を見て気付いたことを整理したいと思います。

 

入学式の数日後、宿題を忘れた生徒を集め、宿題をさせようということになりました。

放課後、その教室に行ってみると、入り口で一人の生徒と、その後ろに立つ若手の先生の姿が見えました。

 

少し離れて見ていると、その生徒はパニックを起こし、若手の先生はどうしたらいいか分からない様子。

しばらく様子をみて、近づきました。

 

私は、パニックを起こしている生徒の横にしゃがみ、下から「どうした?何かいやなことがあったの?」と優しく声をかけてみました。

 

生徒は、涙を流して、しきりに悔しがっている様子。

「どうして泣いているの?友達から何かされたの?先生達が何か悪いことしたかな?もし、悪いことしてたらごめんね」とゆっくり話を進めました。

 

すると、朝の会の時点で、担任(その若手の教師)からは、「宿題を忘れていることを指摘され、明日は忘れないように」と伝えられたが、放課後に残って宿題をするとは聞いていない。だから、帰りたいのだということがわかりました。

 

「ごめんね。先生の伝え方が悪かったね。謝るから、許してくれるかな?」と伝えるとだいぶん落ち着きました。

「宿題は、自分のためだけじゃないんだ。仲間のためにもやって来てほしい。だから、明日からは、やってきてくれる?」と聞くと、うなずいてくれました。

 

このやり方が、正しいかどうかはわかりませんが、気付いたことがあります。

 

その若い先生は、「指摘」をし、「指示」を出しているが、「指導」は行っていないのです。

 

「宿題ができていない」「服装が乱れている」などは「指摘」

「宿題をしなさい」「服装を正しなさい」などは「指示」

では、「指導」とは?

「そのことの『価値付け』」ではないでしょうか?

 

「宿題をすることで、わからない人と関わることができる」→「仲間のためになる」→「みんなハッピー」になる。

「服装を正すことによって、相手に心地よい印象を与える」→「仲間のためになる」→「みんなハッピー」になる。

 

こじつけのように思えるかも知れませんが、「指摘」と「指示」だけでは、生徒のセルフイメージは下がり、さもすれば反発によって、自分の意志を表現するかもしれません。

 

「指導」とは、社会や学校、学級にあるルールやマナーに価値付けをし、他者との関係をよりよい方向に導き、その具体は生徒に任せることではないでしょうか?

 

もちろん、「生徒を無条件に信じる」ということが前提ですが…。

みんながいるから「いつもと同じ」

中学3年生を担任している今、生徒たちはさまざまな状況です。

専願入試で、すでに進路を確定した生徒

公立推薦入試の結果を待つ生徒

3月の県立入試に向け頑張っている生徒

自分の選択に不安を感じる生徒

 

あと少しで卒業です。

そんな彼らに、残り少ない時間を

仲間と共に最高のものにしてほしい。

そんな思いを伝えたくて、

今後もみんながいて、幸せな人生を!

そう感じるから、「ありがとう」と言おう!!

 

 

 

 

「いつもとおなじ」

 

朝起きて、顔を洗い、朝食を食べ、歯を磨く

いつもと同じ制服に袖を通し、カバンをもって、家を出る

いつもの道を通り、いつもの人や車とすれ違う

いつもの正門を抜け、いつもの靴箱に靴を入れる

階段を上がって、いつもの教室、いつもの椅子に座る

いつもの仲間と挨拶を交わし、いつものように楽しい話

いつもと同じ仲間

いつもと同じ匂い

いつもの先生がやってきて、いつものように授業がはじまる

いつものように楽しい仲間

いつものように眠くなる瞬間

いつもと同じ、窓からの景色

いつものように時間が流れる

いつもと同じチャイムが鳴る

いつも聞く音楽

今日もいつもと同じ仲間と過ごす楽しい一日

 

あたりまえのように時間が進む

あたりまえのように居場所がある

あたりまえがあたりまえ

 

でも、仲間がいなかったら…

 

 

自分の

いつもと同じ

あたりまえ

 

 

仲間が感じさせてくれる

いつもと同じ

あたりまえ

感謝しなくちゃね

「ありがとう、みんな…」

 

 

 

いつもと同じも

 

あと少し…

続きを読む

「アクティブ・ラーニング」ってなに?

 文部科学省の定義では、

「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れ た教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、 教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査 学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク 等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。」とあります。

 多くの先生が、この定義を見て、「学修者の能動的な学修」というところに目が行くようです。そこで、教師が生徒の学びを予想し、課題を工夫し、学習プリントを工夫し、発問を工夫し指導書にもないような発展的な内容の授業を行おうとしている先生もいます。しかし、これでは生徒は教師がひいたレールの上を走るだけで、本当の意味で能動的な学修を行っているのは教師ともなりかねません。ここで重要なことは、学修者の能動的な学修を通して、倫理的、社会的能力の育成を図ることにあります。では、すべての授業で、倫理的、社会的能力を育成する学習課題の設定は可能でしょうか?

なぜ、今「アクティブ・ラーニング」??

 社会が求める人材育成を狙った大学入試改革が大きいのではないかと思います。ご存じの通り、2020年大学入試が大きく変わろうとしています。人物の主体性や人間性を見られると言われています。問題も、知識重視から、発展的内容、活用力・応用力重視に、特に、英語では「聞く」「書く」だけでなく、「話す」が入ってくるようです。

 では今のような、講義形式の授業で主体性や人間性を培うと共に、発展的内容、活用力・応用力を高めることができるでしょうか?そこで、提唱されているのが、グループ・ワークやディベートを取り入れたアクティブ・ラーニングです。

 大学入試が変わると、高校入試が変わります。そうなると、小学校、中学校、高等学校、大学等で学ぶ「方法」が変わってくる(変わってこないといけない)と思います。

アクティブ・ラーニングで狙っている生徒(児童)像

 文部科学省の定義の中にあるように、狙っている能力としては、

「認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた凡庸的能力」とあります。

 つまり、「偏差値だけが高い人物」「知識をたくさん知っているだけの人物」という訳ではありません。そこに、「認知的、倫理的、社会的能力」が加わってくる訳です。

つまり、「よき同僚として、共に働きたいと思える人物」ということになるのではないでしょうか?

倫理的、社会的能力を育成するためには

 私は、理科の教師ですので、中学2年の生物分野だったら、「生命の尊さ」などを訴える授業はできます。しかし、同じく2年生の「電流」の分野、直列つなぎと並列つなぎの授業で、生徒の社会性を問うことは、とても難しく感じます。つまり、従来の課題(めあて)は、学習内容を端的に表したものであり、その学習内容が知識、技能、思考力などに限定されているため、倫理的、社会的側面を持ち合わせていないのです。

 では、どうすれば、「倫理的、社会的能力を育成する課題(めあて)になるのでしょうか?」

 例えば、「電流」の分野であれば、「みんなが、直列つなぎと並列つなぎのときの、電圧と電流の大きさの規則性を説明できる。」とします。そして、授業の最後に振り返ります。「あなたは、わからないって悩んでいる仲間に、人として何ができましたか?」「どんな声かけができましたか?」人としての生き方について、振り返らせます。そうすることで、他者との関わり方やみんなで高まることの重要性を感じることができるのではないかと思います。

 まとめると、「みんなが…」「全員が…」というように、課題の最終目標を変えることで、倫理的、社会的能力を高める授業が作れるのではないかと思います。

関わり合いが当たり前になるこつ!?

倫理的、社会的能力を高めるためには、他者と関わることが必要です。なぜならば、意見の異なる仲間と協力して、お互いの意見を尊重し合い、うまく折り合いをつけ、方針を決めたりする中で、自他を尊重する心が育つと考えるからです。

しかし、いきなり「自由に話し合いなさい」と言うと、子どもは、仲の良い友達と話し合いを行い、時間の経過とともに、関係のない話が始まります。また、交流範囲は固定化され、意見や考えが深まりません。さらに、交流範囲の固定化は、一人ぼっちをつくります。
このことからも、まずは下地づくりが必要であると言えます。では、具体的にはどんなことをすれば、子どもたちが主体的に関わることができるでしょうか?
それは、子どもたちの価値観を変えることです。他者と関わることは、お互いが高め合うことができ、両者にとって有益であるということを教えます。
これは、西川純先生の本にも書いてあります。
私は中学校の教師なので、担任ではなく授業にだけ行っている学級では、4月の授業開きで、担任の学級では、学級開きで、この事を話します。
そして、年間を通して徹底して伝え続けています。
そして、文化(子どもたちには、雰囲気と伝えています)を形成していきます。

関わり合いを促す心構え 「坂田学級 6ヶ条」

第1条 聞く耳を持つこと

第2条 友情を深め合うこと

第3条 意見がぶつかっても、よく話し合うこと

第4条 自分の事だけを考えないこと

第5条 差別やいじめを絶対に許さないこと

第6条 うそをつかないこと

学級開きで必ず紹介します。

「みんなちがって、みんないい。」

だからこそ、みんなと協力することで、自分一人ではできないことが、できる。

他者と関わり、集団として高まって行こう!

確認テストって。

今日、ある先生から「確認テスト」って必要ですよね。って聞かれました。
そこで、「誰のための確認テストなの?」って聞き返すと、ぽかーんとされました。
私は、以前、確認テストをやっていました。授業の終わりに、生徒が本時の内容を理解したか確かめるためです。しかし、確認テストを配る。解かせる。他者採点。これだけで10分近くかかります。その分、子どもたちの関わる時間が短くなります。それに、確認テストで、間違えに気づいても、すぐに終業なので、そのままになります。この方法は、教師が自分の授業を分析するためには、有効ですが、子どもたちのためにはなりません。特に、間違えに気づいた子は、ほったらかしになります。
そこで、確認テストは、いつでもやっていいようにしています。目的も伝えます。自分や仲間の「勘違いや学習漏れをなくすため」。確認テストの点数は、成績に入れない。だから、本来の意味をもたせて、実施してほしいとも伝えています。君たちの目標を達成は、定期テストで、45点未満0人!クラス平均学年トップなのだから。
ちなみに、この目標は子どもたちが決めました。
なんのための授業かを考えると、今までの当たり前が、当たり前でなくなりますね。

『学び合い』タイマーVer2.0のデモ完成!!

 「『学び合い』を始めたけど、子どもにどんな声かけをおこなったらいいかわからない!」といった先生方のサポートになります。残り時間に応じて、1分ごとにコメントが画面表示されます。そのコメントを、クラスに伝えるだけでも、子ども同士の関わり合いが活発になると思いますよ。